KB校内コンテスト
数週間前から参加させてもらっていたイベントが先日、華々しく開催された。
僕はどんどんのモデルとしてメンズカット部門にエントリーした。
理容、美容の業界を中心に名の知れた著名人をたくさん来賓として迎え、代々木第二体育館は父兄や観客、そして観客でもある美容系の学生で埋め尽くされていた。
当日朝は五時半に起きた。
朝飯を抜いたおかげで渋谷に七時半に着く電車に乗ることができたのだがどんどんは緊張と焦りからかすこし家を出るのが遅くなったそうでその一時間後ぐらいに合流することになった。
学生最後のコンテスト、このプレッシャーでは緊張するのも無理はない。
九時前に地下一階の作業場へ。
いつもどんどんはこの部屋に入る前に外の自動販売機で飲み物を買ってくれていたのだけれど、今回でそれがおしまいになるのかと思うとたった一本のジュースにもすこしの淋しさを覚えた。最後の飲み物はお茶にした。
作業場は普段と比べモデルも技術者もせわしなく動いていて、部屋全体がぴんと張り詰めた空気で満たされているようだった。
この間とは違って今回は髪セットのほかに顔にすこしのお化粧も施した。
初めてのファンデーションはなんだか粉っぽいかんじが鼻についてむずがゆい。
そうこうしていると出発時刻はすぐに訪れた。カーラーを巻いたまま電車に乗ったとして、もし巻癖が取れたら一大事なので外に出てタクシーをつかまえる。
会場は想像以上の大きさだった。
外からみた会場の形はできそこないの小籠包みたいだった。
入場までの四十分間、他のモデルや技術者が談笑する中、数少ない外部モデルであることと人見知りを遺憾なく発揮してあまり口を開かず過ごした。
いま思えば校内生では禁止されているヒゲを生やしていることも話しかけられない一因だったのかもしれない。
会場に入って荷物を置いてひとやすみすると間も無く開会式が開かれた。
はじめの校長挨拶、これが圧巻だった。
和服に身を包んだその女性は声を荒げることなく、これまでの生徒の頑張りへのねぎらいと力強い激励の言葉をかけた。
今まで校長の言葉や、それに類するスピーチの類に感動したことはあまりなかったが、品のある言葉選びと優雅さに胸を打たれた。
来賓の言葉が終わるとすぐに競技が開始された。
花嫁着付け、留袖着付け、クリエイティブトータル、エステティック、ネイルなどの部門が続々とはじまり、会場は歓声で色めき立った。
どの部門も甲乙付け難く、審査員が気の毒になるほどだった。
エステティック部門に出場したあゆみちゃんを応援すると同時に、彼女の大人っぽく堂々とした姿は僕が知っているグラウンドで日に焼けていた頃のすがたとは明らかに違った。
二年間ずっと一生懸命打ち込めばここまでの自信に満ちた振る舞いが出来るようになるのかと心底おどろいてしまった。
時間差で次々と競技が終わり、自分たちの出番が近づいた。
トイレに立ち人目も気にせずにポージングやキメ顏の練習をした、緊張して帰りの階段の手すりを持つ手が滑っていた。
ついに集合がかかって待機場所に移動した。
他の参加者と目が合った、誰もが負けん気でいっぱいの目をしていた。
なで肩のはずのどんどんが緊張のあまりいかり肩になっていた、私は緊張しやすいとは言っていたものの、ここまでなるのかと、なんだかわらってしまった。
何個か超スーパーおもしろギャグを言ったけれど、どんどんはやっぱりいつもほど笑っていなかった。
ついに呼ばれた。
大きく息を吐いて大股でアリーナに繰り出し、椅子にどっかりと座った。
右側の客席にはどんどんの所属しているRクラスの仲間たちが駆けつけてくれていた。
彼女らが何度もカメラを向けるので二人とも可笑しくて自然と笑みがこぼれた。
この出来事がふたりにとって大きな励みになった。
競技開始一分前のアナウンスが告げられた。
震えて少し強張るどんどんの手を握って励ましの言葉をかけたが、よくみると僕の手も震えていた。武者震いということにしておこう。
ついに最後のコンテストが幕を開けた。
どんどんは初っ端からハサミを間違えてすこし照れていた、彼女が緊張しているのは誰の目にも明らかだった。
両手で支えていた鏡でどんどんとアイコンタクトをとる、ハサミが小気味良く髪を切り落とすにつれて彼女は本来の調子を取り戻してきていた、口数も自然と増え、眉間に刻み付けられたシワもほぐれて見えた。
アナウンスにより客席の観客がすぐ近くまで声援をかけに来れるようになったことが彼女に笑顔をもたらした一番の理由だと思う。
はさみの動きが小さくなり、手はついにスタイリング剤へと伸びた。
鏡で見る自分はどんどんの練習の成果をはっきりとあらわしていた。
間違いなく最高の出来だった。自分史上最高の自分だった。
評価時間へと移るアナウンスを聞くと、どんどんはさっきまでかぶせていた白い布を取りはらうと客席へ消えていった。
「後は任せてくれ」と立ちあがった。ここからは僕の闘いだった。
右足重心、肩にかけたジャケット、凄みを効かせた表情、射るような目付き。
何分経ったかは緊張のあまり覚えていない。
ただ壇上のマイクのおわりを見つめていた。
審査は終わった。
結果を待つまでの間、何人かにポージングをほめられて上機嫌だった。
どんどんも沢山ほめてくれた。緊張の糸が切れて少し眠った。
まもなく結果発表になった。
敢闘賞のところで僕らの名前は呼ばれた。
予定の優勝より少し早めの呼名だったが僕はどんどんの努力が目に見える形で報われたこと、そして二人で賞が取れたことがたまらなくうれしかった。
となりで悔し涙に頬を濡らしていたどんどんの肩をやさしくたたいた。
謝り続けるどんどんをなだめてから続きを見ていると、エステティック部門であゆみちゃんが三位に輝いた。彼女が泣き笑い喜ぶ姿を見て胸が熱くなった。
三位、二位、一位と順当に呼名が終わった。校内コンは幕を下ろした。
Rクラスの出場者は全員入賞したと聞いたときは本当にうれしかった。
その後の祝勝会も参加させてもらって本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。
本気で戦ったあとの焼き肉食べ放題は何より素晴らしく、明日からこの人たちに会えないと考えると胸が詰まるようだった。
どんどんのモデルになれてよかった。
本当によかった。
今度はお客さんとしてみなさんに会えることを楽しみにしています。
ありがとうございました。
p・s
感謝を述べる相手はたくさんいるのだが、まずこのコンテストに参加させてもらうきっかけを作ってくれたあゆみちゃん。一生に二度とない経験をさせててくれた挙句、賞まで掴み取ってくれたどんどん。応援してくれたRや高校の友達。外部生を受け入れてくれたKB生。
それともうひとり特別に感謝したい相手がいる。
そのひとは初めての場所で緊張している僕に対して「今日もいけめんだわ~」と作業場で会うたびにおちゃらけて声をかけてくれた。
僕とどんどんが表彰されたときもうしろから「一番いけめんだったぞ~」と大きな声で呼びかけてくれた、僕に限らず彼女は友人が表彰されるとすぐに大きな声で名前を呼んで祝福していた。
彼女にとってはただの歓声でも受け取る相手からすれば一生忘れられないかけがえのない一声であることは確かである。
きっと彼女に元気づけられた人はとても多いだろう。
僕は彼女が表彰されたとき何もできなかった、わかっていてもくだらない世間体を気にしてなにもしなかったのだ。
情けないことをしたと思い、今更悔やんでいる。
この数行を彼女への祝福として、せめてもの罪滅ぼしをさせてもらう。
入賞おめでとう。