夏の風
修理に出していた愛車が帰ってきた。
親父の知り合いから譲り受けた台湾製生まれのオンボロ原付。
今回の修理に出すまではセルで始動したこともなくいつもキックで汗だくになってエンジンをかけていた。
暖かい国の生まれなので日本の冬には弱く冬場にひとたびエンジンを切ると次に乗る時は15分ほどキックと格闘しなくてする羽目になり、おかげで体は温まり信号待ちで止まった自分の顔から蒸気機関車のように水蒸気が出ていることもあった。
少し走ればボロが出て、修理に出せばバイク屋が「外車は嫌なんだよな〜」と眉をひそめる厄介者にもひとつだけいいところがあった。
この台湾原付にはリミッターがついていないのだ。リミッターというのは日本で売られている50ccの原付に付いている60キロ以上の速度が出ないように速度を抑制する装置のことだ。
この抑制装置は日本の法規制の外で作られている外車には適用されていない、言わずもがな台湾製もだ。
だから風を感じたい時も途中でガソリンの供給が装置によりストップされがくんと速度が落ちてシラケることがない。
今日は思う存分初夏の熱風を感じた。
原付には屋根がついていないからいい。
屋根や窓があったのではトラックのマフラーから出る熱風を浴びる冬場のオアシスをありがたがることもできないし、暑い日に山ぎわを通ることで得られる涼しくほのかに香る風に鼻をくすぐられることもない。
便利さは自由を奪って行く。
ヘンリー・D・ソローが森の生活で語ったように私たちは自由を知らずのうちに少しずつ捨てているのだ。
僕はもう夏の暑い日に自転車で長い坂を駆け下りるすがすがしさは忘れてしまった。
かわりに田んぼ道を風を感じながら誰にも追いつけないようなスピードできびきび走る楽しみを手に入れた。
夜通し雨が降ったあとの朝、温めた牛乳にできる膜みたいに張った霧の中を走るとシャツが少し重くなることも知った。
あと、雨上がりのマンホールと道路脇の砂利がびっくりするぐらい滑ることも。
これからもいろいろなことを忘れていろいろな楽しみを発見したい。
エンジンがへたり始めたこの原付にももう少し長くお世話になりそうだ。
P.S 原付に乗りながらガリガリ君を食べるともの凄い勢いで溶けるので気をつけてください。