Thoughts at 3AM.

記憶の補完

アルバイト

 

バイトの話だ。
 
 
今のバイト先は勤務中にDVDが四本見れるほど治安が良く、2時間弱電話をしていても割り与えられた仕事さえこなせるようであればなんの叱責も受けない楽園のような場所である。ここまで書くと、ああそうなの。よかったじゃん、程度に思うかもしれないがそうでもないのである。
 
田舎ということもあって、本当に暇なのだ。
 
近所のコンビニエンスストアをイメージしてほしい。おでんが置いてあって、400円でそこそこ美味い弁当が食える24時間営業のやつだ。次に、レジ前が混んでいて少し並んで待たなきゃいけないぐらいの混み具合をイメージしてほしい。序盤から要求することが多くてこちらとしても心苦しいが、こうでもしないと一般ピーポーの諸君に我がコンビニの驚異的な過疎具合を伝えることができない。
 
 
先ほどイメージしてもらったコンビニの5兆倍暇なのが我がコンビニの深夜帯である。
 

後期高齢化社会を体現するかのようなこの土地で、夜中にコンビニを利用するのは便所探しのトラックドライバーか代行を連れた酔っ払いぐらいのもので、基本的に客がいない。客がいないから当然店員もすることがなく十中八九事務所に引き上げている、世にも奇妙な無人コンビニはこうして作られる。

 
別に暇なことは悪いことではない。暇を生かして大学の課題作成をすることもできるし相方さえ許せば仮眠もとれるので良いっちゃ良いのだが、勤続が一年を超えたころからこのまま田舎のコンビニ夜勤で歳をとって就職するのもなんだかな、とぼんやり思うことが多くなった。

 
塾講師、漬物工場、ドカタとジャンルを問わないクロスオーバーなプレイで地元のハコを盛り上げ続けてきた自分でも今だかつて足を踏み入れたことのない領域がひとつだけあった。飲食業界である。

 
飲食と聞くと居酒屋が真っ先に頭に浮かんだが、見ず知らずの他人のゲロをつめたい東京の街でひとり片付ける自分の姿を想像してあまりの不憫さに泣きそうになったので、こちらから不採用の烙印を押させていただいた。でもでも駅のホームにゲロとかあるとつい見ちゃう。うーわ、コイツもうどん食ってんのかよとか思っちゃう。
 
 
今をときめくおしゃれボーイのおれは居酒屋なんか選ばない。ここで多くの田舎者たちは小洒落た喫茶店や、バーを想像しただろうがまだまだである。常に一歩先を行くのがおれのモットーだ。



正解はカフェバーだ。



どう考えても最強だ。

昼も夜もお客を掴んで離さない、ナウなヤングにバカウケのお店で最近、おれは働きはじめた。


最強ポイントは他にもある、バーテンの先輩がステータスを容姿に全振りしたようなとんでもないイケメンなのだ。女性で言う所の堀北真希だと思っていただければなんとなくそのヤバさが分かるだろう。

身長180超えでバーテンダーでイケメン、ここまでくると、彼のチンコが2cmしかないとか、趣味が野良猫の舌を切り取ってビンに入れて保存することとかじゃないと割に合わない。彼と初対面した時、「天は二物を与えず」が嘘であることを実感した。


初出勤でイケメンと一緒。アタシなんだかドキドキしてる。彼に肩を叩かれるたびにアタシ女になってる。とか考えながらグラスを洗っていたら割れたワイングラスで指先をパッカーンしてしまった。恋に痛みはつきもの、誰かがそう言っている気がした。その2時間後、「オハヨウゴジャマース」とスパイシーな風貌の男がカウンター内に入ってきた。


彼の名はナレック。カレーの民だ。


彼がカウンターに入ることで一気に場がまろやかになる。あのまま二人きりだったらきっとおれは骨抜きの乙女になってしまっただろう。しかしナレックは俺よりも仕事が出来、場慣れしているはずなのに全く安心させてくれないのだ。



まず、初対面なのにベンガル語で話しかけてくる。


あまりにもフレンドリーが過ぎるぞナレック。適当な表現が見つからなかったからといって英語にベンガル語を織り交ぜるのもナシだ。あと締め作業中の店長に向かってお皿拭いてとか言うのもやめろ、第一そんなに仲良くないだろう。

なぜかその日はおれが03:15に退勤させられ、ナレックは残った。案外やつは店長と仲がいいのかもしれない。退勤間際、ナレックからこの店にはベンガル語話者があと2人いることを告げられる。仲良くやっていけそうな気しかしない。


明日もカウンターにはイケメン、ナレック、おれで立つことになる。不安でいっぱいだが、それでも楽しくやっている。


サイコーだ。ただしベンガル語だけはかんべんしてくれ。